過去のエッセイ→ Essay Back Number

今になってシートベルトを

森 雅志 1993.07
 少し前のことである。面識の無いご婦人から突然に次のような注意を受けた。
 「森さん!あなたはPTAの会長さんなのですからキチンと交通ルールを守って下さい。先日見掛けましたが、シートベルトをしていないのは困ります!」と。
 仰有るとおりである。私は“意地でもシートベルトをしないぞ!”派だったのである。
ところが「PTAの会長さん」と言われてしまうともうそんな訳にはいかない。
 「あっ!はぁ…?いや何とも…ご尤もで。
 決してシートベルトが嫌だという訳じゃないんでして……。」
などと言って誤魔化すしかないのであった。
 思えばこのシートベルトという代物、私にとって言わば“食わず嫌い”という物だったのだろう。その日を境にして、しばらくは渋々にという日が続いたものの、数日後には車に乗ると反射的にシートベルトに手を掛けるようになっていた。
 不思議なもので、最近はベルトをした途端に何故か気持が穏やかになってくる様になった。それは決して事故に備えての安心感といったものではない。慌てているような時でも、運転席に座ってカチッと装着した瞬間に落ち着いた気持になってくるのだ。そして歩いてくる子供達や自転車に乗った人など周囲の状況を優しい目で見ることが出来るのだ。
 時々、車の中からタバコやゴミを捨てたり、空きカンを投げ捨てたりする不届きなドライバーがいる。又、ほんの少しでも車間が空くと割り込んできたり、周りのことなど全く考えずに走行する人もいる。当然のことだが、私は昔からこういった自分勝手な人達が大嫌いである。そして時にはこういった手合いに対して本気で腹を立てていたのだ。
 ところが最近は「困った人だなあ…」とは思うけれど、以前ほどには目くじらを立てなくなった。「どうしたらそんな行為を無くすことが出来るのか?」と考えるようになってきた。シートベルトのお陰で、ヒトに対して少しは優しくなることが出来たということだろう。(本当にそう思っているのである。)
 だから“食わず嫌い”の人達に対して声を大にして次のように言いたいのだ。
 「理屈抜きに一度試してみなさい!」と。
 ここまで言ってしまったからには、もう違法駐車もスピードオーバーも許されないだろうなあ。何処にPTAオバさん達の目が光っているかわかったもんじゃない!