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細井平洲という人

森 雅志 1998.01
 平成九年も大変な年であった。大企業の終末報道に触れるにつけ、社会全体に滲みこんでいるさまざまな制度疲労や悪弊がここまで深刻だったのかということを思わさせられる。だからこそあらゆる領域で改革を現実のものとしていかなければならないのだとも思う。

 そういう思いもあって、最近、上杉鷹山に代表される江戸時代に財政再建に取り組んだ指導者にまつわる書物が気になる。例えば備中松山藩の再建に取り組んだ山田方谷などの伝記である。

 そういう中で先般、はじめて細井平洲という人の存在を知った。彼は上杉鷹山の師であり、その思想形成の支柱となった人である。

 かってジョン・F・ケネディが日本人の中で一番関心がある人物としてあげた上杉鷹山。彼の遺文や行動に色濃く影響を及ぼしているのが細井平洲の思想なのだそうであるから、ケネディが共鳴していたのは細井平洲だと言うことができるのかも知れない。

 それでは彼の思想とはどういうものであったのか。筆者はまだ彼に関して一点読んだだけであるから多くは語れないけれども、頭に残っていることを披瀝してみたいと思う。

 「土地も人民も国に属しているもので私有物ではない。また、為政者は土地と住民のために存在するのであって、土地や住民が彼のために存在しているわけではない」と彼は言う。また、「治者は民の父母であるべき」としている。まさしく「主権在民」であり「愛民」の思想であったと言えよう。

 さらに改革を阻むものとして、

 一,物の壁(物理的な壁)

 一,仕組みの壁(制度的な壁)

 一,心の壁(意識の壁)

という三点をあげ、この中で三番目の「心の壁」の問題が一番難しいとしている。一人一人がそれぞれの立場で持ち続けている「意識」をどう変えていくのかということである。そして「他人へのおもいやりが必要である。自分が一生懸命働き倹約したあげく生じた余剰分を、他人あるいは地域に差し出すことが必要だ。他人の苦しみをそのまま見るに忍びないという孟子の『忍びざるの心』を持つことだ。」と言う。人々が『忍びざるの心』という優しさ、温もり、思いやりの心で事に当たっていくという意識改革こそが重要だと言うのである。

 考えさせられるではないか。心の壁を乗り越えるためにどうすればいいのだろう。あらためて政治の責任の重さを思った。