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国まさに滅びんとす?

森 雅志 1999.04
 過日、ある方からおもしろい本を紹介された。「国まさに滅びんとす」という歴史評論がそれで、京都大学の中西輝政という先生の著作である。この本の中に、国家が衰退しようとするときの兆候について興味深い記述があるので、要約して紹介することとする。
 今世紀初頭、初めて「衰退」を意識し始めた頃のイギリスでは、「我々は衰退し始めたのか?」という大論争があった。
 その中でさかんに言われたのが、当時のイギリスの世相とギボンの「ローマ帝国衰亡史」の中のローマの末期との類似点であった。
 二つの大国が衰退していく過程で、共通して大流行した世相とは次のとおりである。?中流階級の人々が競って海外旅行に出かけ、?イベント好きな群衆は朝早くからよい場所をとるために押しかけ、?前代未聞の健康ブームが起き、?若者や女性の間に新興宗教が蔓延し、?教育を受けた青年たちがマンガ入りの雑誌しか手にとらず、そして極めつけは、?「温泉ブーム」であった。
 まるで現在のどこかの国の世相そのものではないか。なんとなく薄ら寒くなってくる。
 長い繁栄の後には少しずつ衰退に向かうと
いうことは避けられないことなのかもしれない。一旦ピークに達したなら次には必ず下降していくのだから。
 はたして、現在の日本が未だ繁栄の途上にあり、チョットばかり足踏みしているだけなのか、それとも先述の兆候との類似点が示すように衰退の段階にさしかかろうとしているのか、僕にはとても断定できない。しかし、少なくとも時代は大きく転回しようとしている。特に合計特殊出生率(一人の女性が一生の間に生む平均子供数)がついに1・40を下回ったことの影響を思わざるを得ない。いよいよ人口減少の時代に入っていくのだ。はたして人口減少が社会の衰退に直結するのかどうかは知らないけれども、少なくともそういう時代だからこそ、足下をしっかりと見つめ、全体のことも個人の生活のこともその運営に過たりなきを期していかなかければならないと思う。後の時代に対して責任ある舵取りをしていかなければならないのだ。
 そのためには耳ざわりの良さや心地よさに流されることなく、世相や流行にすり寄ることなく、時代を透徹する眼力を研くことが肝要であり、何よりも「国まさに興隆せんとす」の気概を旺盛にする姿勢が必要なのだと思う。

(1999年4月記述)