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言葉のエピソード1「山菜取りに注意!!」

森 雅志 2000.06
五月の初めに山形県に行った。ちょうど連休中でもあり観光客が目立ったが、桜が真っ盛りの上に新緑が眩しく良い旅であった。
さて、旅の途中で立ち寄ったある食堂で面白いポスターを目にした。実を言うと僕は何気なくその前を通り過ぎたのだが、知らずに目に飛び込んできたキャッチコピーが頭を混乱させてしまい、思わず立ち止まった。そして昔のアニメの登場人物のように、そのままの姿勢で足だけを動かしポスターの前まで戻り、もう一度じっくりと凝視した。
そのポスターには「山菜取りに注意!!」というコピーが大きく踊っており、背景にはハイキング姿の男性の絵が描かれているのであった。僕はゆっくりとそのポスターを眺め、そしてやがて小さく笑ってしまったのだった。
ポスターが伝えたい趣旨は、「これからの季節、山菜取りに入山する人が多いと思うけれど、落石とか滑落事故に気を付けてくださいョ。 深山に入り、道に迷うことなどのないようにしてくださいョ。くれぐれも気を付けてネ。」ということなのだろう。
しかしその為のコピーとして「山菜取りに注意!!」はないだろう、と僕は思った。なぜなら、このコピーを目にして受け止めたのは「オーイ山の皆さん、気を付けろよー。もうすぐ山菜取りが沢山やってきて大切な山を荒らしていくゾー。大変だァー。恐い山菜取りが来るゾーッ。注意しろョー。」といった内容だからである。
「熊に注意!」とか「空き巣に注意!」などといったものと同じ言い方に思えてならないのである。とても先述したように山菜取りのために入山する人に対して事故のないように呼び掛けたポスターとは思えないのであった。したがって滑稽なポスターだと感じて、笑ってしまったのである。
僕の言語感覚がおかしいのかもしれないと思い、数人に意見を求めたがみんな僕の感覚どおりだと言ってくれた。自信を持った僕はポスターの発行者たる山形県に対して「チョット意味が分からんゾ」と注意を発しておこうと、お節介にも電話を入れた。しかしながら、ポスターを担当したという若者は僕とはまったく言語感覚の異なる者であり、こちらの言いたいことを分かってもらえなかった。(情けなや…。)
それどころかこのポスターを県内に3000枚も掲示したと自慢げに言った。僕は「お節介なことをしてスミマセン。」と言って電話を切ったのだけれども、その実、胸の中では「まぎらわしいポスターを作るくらいなら、いっそ全山入山禁止にしたらどうだ。」などと息巻いていたのであった。中年男にとっては「若者に注意!!」といったところか。