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アンパンマンはどんな顔?

森 雅志 2002.07.05
 しばしばテレビなどに取り上げてもらっているせいか、見知らぬ人から挨拶されることがよくある。顔を覚えてもらうことは市政に関心を持ってもらうことにもつながり、ありがたいことだと思う。もっとも、いつもよそ行きの顔で暮らすことなどできないうえに、どこで誰が見ているか分からないというのも困ったものだ。
 過日、ある女の子が僕を見とめて母親に「あの人、テレビに出とった。」と話しかけるのを耳にした。僕が声をかけようとすると、それよりも早く彼女のほうから「おじさん、アンパンマンみたいね!」と言われてしまった。僕は笑い転げたが、母親は苦笑しつつも困ったという風情であった。以前はよくアンパンマンみたいだと言われたが、久しぶりにそう言われて驚いたけれど、本当は少しばかり嬉しくて、帰宅するなり妻に報告したくらいだ。今度会ったらぜひとも親子そろって「アンパンマン!」と声をかけて欲しい。
 数日後に六十代と思しきグループと出会った。その皆さんが僕の顔を見ていぶかしげにしていたかと思うと、「アンタ、誰やったけ?思い出せんけど知った人や。」と話しかけてきた。尋ねると朝日町の人たちであった。そのうちに「パチンコ屋でよう会う人や」と言う人が出てきて大笑いになった。和やかなひとときであったが、あらためていろいろな人に見覚えられていることを感じさせられた。同時にゆめゆめ間抜け面では歩けないと思ったし、ましてや妙齢の女性との逢瀬など夢のまた夢だと思い知った。
 いずれにしても、2つのエピソードから導かれる僕のイメージは「パチンコをするアンパンマン」ということになる。「あくびするアンパンマン」や「酔っ払ったアンパンマン」の時もあるけれど、どんな時でもアンパンマンは正義の味方でなくてはなるまい。