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日に百省すべし

森 雅志 2003.07.01
 聞き覚えのない名前の企業から連絡が欲しいと電話があったと報告を受けた。いぶかしく感じながらも早速電話をしてみると、応対したのは若い女性であった。
 名前を名乗った僕に対して彼女はいきなり、「住所はどこですか?」とのたまった。僕がなぜかと問うと、彼女は同姓同名の人がいるので住所を早く言うようにと答えた。
「最初にそちらがどういう会社で、どういう用件で電話してきたのかを言うべきではないですか。」
「うちのコンピュータ上のデータではモリマサシというのは複数いるので住所がないと特定できず、以後の話ができないのです。早く住所を頂けませんか。」
「住所をあげることはできませんョ。大体の事情は分かったけれど、いきなりぶっきらぼうに住所を尋ねるのはおかしいのでは?キチンと順序だてて話すべきだ。」
 この段階で彼女はほとんどキレていた。
 いっぽう僕のほうは軽薄娘に世間の常識を説諭せんと,完全に小言幸兵衛化しており、(困った世の中になったモノだワィ。)などと心中で呟きながら中年オヤジ状態を楽しんでいたのだ。
 しかし僕のオヤジ振りに怯むこともなく彼女は怒りを帯びた声で次のように言った。
「失礼をいたしました。わが社は〇〇社です。実は貴方の口座が残高不足となっておりましてカードの決済ができません。申し訳ございませんが至急ご入金いただけますか!。」
僕はその瞬間に「ムムムッ。」と唸って卑小化するしかなかったのであった。
 受話器越しに彼女の表情が伝わってきた。さしずめ「おとなしく答えればよいものを、小賢しく理屈を述べやがって、人に説教できる立場なのかい。払うものを払ってからものを言いやがれ!」といった風であったろう。
 僕はひたすら無礼を詫び平身低頭すべきなのに、黙ってお縄につこうとしないばかりか「それはそれとして‥‥。」などと言いつつ恥の上塗りを続けていたのであった。
 考えてみれば、もとより彼女に非は無く,僕が大人気ない態度でこだわっただけなのだ。若い世代の振る舞いに違和感を覚えることがあっても鷹揚に受け止めれば良いものを。狭小な態度で相手を不快にさせてしまった。
 思えば毎日反省することばかりだ。曾子でさえ吾日三省吾身と言う。凡人は吾日十省すべきか。いや百省すべきである。猛省、猛省。