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アフター ユー

森 雅志 2006.08.05
 過日、新潟地方整備局に出かけた際に新しくなった庁舎に入ったのだが、この庁舎のエレベーターが話題のS社製のものであった。誰からともなく「大丈夫?」という声が上がって笑ってしまった。
 ところで、エレベーターというのはチョット不思議な空間である。先のケースのように冗談(?)や会話が生まれることは滅多になく、誰かと乗り合わせたとしても目的階につくまでお互いに押し黙っていることが多い。そもそも多くのエレベーターは窓がない構造となっている。したがって電車などと違って外を見るということができない。かといって乗り合わせた人をジロジロ見るわけにもいかず、いきおいみんながドアの方を向いて押し黙っているということになる。もっとも混み合ったエレベーター内で知らない人と見つめ合う形になっても落ち着かないものがあるので当然の成り行きだとも言える。
 さて、エレベーターの奥に乗っている人が降りやすいようにと入り口側の人がいったん外に出るということはしばしば行われていることである。スムーズな乗降のためにそれぞれの人が配慮するということが自然に行われているのだ。ドアが閉まりそうなタイミングで駆け込んでくる人のために「開き」ボタンを押すということも自然になされている。エレベーターという小さな空間の中で、お互いに他者に配慮することが全体の利益にかなうということが実践されているのである。
 ところが、乗り込もうとするときには他者への配慮が充分ではないなと感じることがある。自分が待っていたドアとは違うエレベーターが先に到着しそうになると慌てて移動して先から待っていた人より早く乗り込んでしまうというケースである。今の社会では電車を待つ列や飛行機の荷物検査の列を乱したり割り込んだりする人は殆ど見かけない。しかしエレベーターを待つ人が列を作るということがないために結果的に待っていた人より先に乗ってしまうということが起きるのだ。僕も時々この失敗を犯してしまう。意図的じゃないにせよ先から待っていた人に対して失礼だと思う。「お先にどうそ」というゆとりが大切なのだ。
 早く乗ったからといって椅子に座れる訳じゃないのだから乗り込む順番はどうでも良いことではあるのだが、「お先にどうぞ」と譲り合えば心が和んで殺風景なエレベーターの中でも会話が生まれるかも知れない。国によっては男性が女性のために出入り口のドアを開けてあげている光景を目にする機会が多い。そうやって社会にゆとりが生まれるのだから見習いたいものだ。
先日外国人の男性に「お先にどうぞ」と言ってドアを開けたら満面の笑みと一緒に「アフター ユー」という言葉が帰ってきた。同じ「お先にどうぞ」という意味でも言葉の響きが心地よかった。何処かで格好良く使ってみたいものだ。「After You」と。