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想いでのアルバム?

森 雅志 2015.08.05
 知り合いの編集者からすごく良いエッセイ集を送ってもらった。富山の縁故者である亡き久世光彦氏の「ベスト・オブ・マイ・ラスト・ソング」という本である。久世さんの教養の深さ、知識の豊富さ、知的水準の高さ、何よりも感性の輝きに驚かされた。とてもかなわないなあと思わされた。
 その本にまとめられているエッセイのうちの多くの作品に感動した。飛行機の中で読んでいて涙を禁じえず、ずっと俯いていたくらいだ。マイ・ラスト・ソングとは、死ぬ前に最後の一曲を聞くとしたら何を聞くのか、という悩ましい問いに対する答えを模索しているエッセイなのである。一曲に絞りきれないまま、名曲の思い出を語り続けるという素晴らしい構成になっているのである。
久世さんが選んだラスト・ソングの候補119曲の中に「おもいでのアルバム」という曲があった。何ていう曲だろうと思いながら読みだしたエッセイであったが、そのうちに僕の眼は涙で覆われ、活字を追うことができなくなっていた。その曲とは。

   いつのことだか 思い出してごらん
   あんなこと こんなこと
   あったでしょう
   嬉しかったこと 面白かったこと
   いつになっても忘れない

というものである。そんなに昔からある歌ではないが、幼稚園や保育園の卒園式で歌われている。子供たちがもうすぐ一年生だと期待に胸をふくらませながら大きな口で歌っているあの歌なのである。僕の子供たちの卒園式でも歌っていた。僕は今もメロディーを覚えている。思い出の曲なのである。
 僕の長女が年長組のときに次女が産まれた。そして一か月後に妻の病気が発現し、家族の生活は一変した。妻は病床で病と闘い、長女は寂しさを我慢しながら、まるで大人のように家族の一員としてふるまってくれた。僕は僕で、長女との生活を頑張り、妻の病室に通い、産まれてすぐに妻の実家に預けた次女のもとにも通った。そんな日々が半年間続いた後で、妻は奇跡的に回復し帰宅することができたのであった。そんな時間の経過の後で巡りきた長女の卒園式。その卒園式で大きな口を開けて長女が歌っている姿を見て、僕ら夫婦は涙を禁じることができなかったのである。「あんなこと こんなこと」が「あったでしょう」と歌う姿を今も忘れられない。それから6年後の次女の卒園式。同じようにこの歌が流れた。僕らは次女との思い出にひたり、そのうえに長女の記憶も重ねて、次女の歌声を聞きながら人目をはばからず泣いていた。
 そして今、妻はいない。僕の日々にも、家族の歴史にも「あんなこと こんなこと」があったのだなあと思っている。「嬉しかったこと 面白かったこと」もあったけど、寂しかったことや悲しかったこともいっぱいあったのだ。そうやって人は生きていくのだと思う。子供たち、頑張れ!!!! 君たちの時代なのだから! 

   一年じゅうを 思い出してごらん
   あんなこと こんなこと
   あったでしょう
   桃のお花も きれいに咲いて
   もうすぐみんなは 一年生

 この歌の素晴らしいところは、最後は明日への希望があふれる笑顔で別れの歌を歌うところにある。と、思う。