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正しく発音 ガギグゲゴ

森 雅志 2016.06.05
 僕がいつも正しい日本語を使い、正確に発音しているというわけではないけれど、最近耳にするガギグゲゴの発音の仕方がなんとも気になってしようがない。本来は鼻濁音で発音すべきところを濁音で発している話し方が気になるのである。
 (活字では濁音も鼻濁音もガギグゲゴなので伝わるかどうか不安ではあるが、濁音をガギグゲゴ、鼻濁音をカ゜キ゜ク゜ケ゜コ゜と表記する。)
 僕の娘たちは子供の頃に、この濁音と鼻濁音の問題で大いに困惑していたに違いない。なぜなら、友達や先生が「ありガとう」と濁音で発音しているのに、家に帰ると僕がキチンと鼻濁音で発音するように注意してきたからである。正しく鼻濁音で発音できない先生に接しているのだから子供の発音がおかしくなっていくのは当然である。そのうえ音読の時間が少なくなってしまったことも影響していると思われる。放っておいてもいいようなものだが僕はそこにこだわる。そこで娘たちは友達と話す時と僕と話す時で使い分けをしてきた様子であった。それでもまあ、彼女たちが大人になった今日、正しく鼻濁音を使っているのだから僕の偏屈なこだわりも無意味なことではなかったということだろう。
 学校現場の先生たちのみならず、最近はテレビのキャスターやアナウンサーまでもが鼻濁音を正しく使わなくなっている傾向を感じる。例えば漫画を「まんガ」と発音する人や金魚を「きんギょ」と発音する人はさすがにいないと思うけれど、林檎を「りんゴ」と言ったり、サンゴ礁を「さんゴしょう」と発音するアナウンサーのコメントを耳にすることがある。そういう時の僕は何とか注意してやれないものかと落ち着かなくなる。世間の人は誰も気にしてないことなのかもしれないけれど、偏屈な僕はどうしても違和感を禁じ得ないのである。
冒頭にも書いたが、僕がいつも正確な日本語を話しているとは言わない。そもそも「わゐうゑを」がどういう音だったのか誰も知らない時代なのだ。とても鼻濁音の乱れを指摘する資格などないと言えばその通りである。でも、ほとんどの人が漫画を「まんカ゜」と発音している今だからこそ、これ以上の鼻濁音の喪失に歯止めをかけられるのではないかと思ってこだわっているのである。
ところで、鳥栖市では教科「国語」のほかに教科「日本語」を設けているとのこと。「日本語」では、日本の言語や文化に親しむことにより、日本語の持つ美しさや日本人が持っている感性゜情緒を養い、日本人としての教養を身に付け、新たな創造へとつないでいく態度を育てることを目標に掲げている。言語活動を通して日本人としての教養を養い、正しい日本語による表現力やコミュニケーション能力を身に付けることは大いに進めるべきことだ。鳥栖市の挑戦に期待したい。
いつの頃から濁音を多用することになったのか。おそらく、和製ポップスが影響していると思う。「長い夜」や「君を探す」なんていう言葉をシャウトするときには「なガ〜い」や「きみウォ〜さガす!」というふうに叫ぶほうがノリが良い。濁音のほうがより激しさも伝わる。でも、日常生活では正しく鼻濁音を発音してほしい。日本語のやわらかさを大切にしてほしいのだ。正しく発音、カ゜キ゜ク゜ケ゜コ゜!僕はこれからもこだわっていくのである。
(随分前に書いた短文のエッセイを加筆修正しました。僕の言いたいことのエッセンスが昔の短文に凝縮されているので用いた次第です。ご理解ください。)