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無理をしない働き方

森 雅志 2017.03.05
 母が、「古い写真を整理していたらこんなのが出て来たよ。」と言いながらセピア色に変色した写真を一枚見せてくれた。母と姉がゴザのような敷物の上に座り、収穫した梨を並べて大きさにあわせて選果している様子の写真であった。懐かしさがこみ上げてきた。この写真が撮られたころは生産者がそれぞれの家庭で選果して箱詰めしていたのだ。子どもの頃にこの作業の手伝いをしながら梨を落としてしまったり、爪で傷をつけてしまったりして叱られたことが思い出された。必要以上に急いでやろうとするから失敗をするのだということが子どもにはなかなか分からなかったのだろうなあ。
 この写真の時代、わが家は梨以外にもいろいろなものを栽培する農家であった。今はまったく米を作っていないが当時は水田があった。さらに桃、柿、ぶどうなどの果樹もあり、お茶も栽培していた。それぞれの収穫の時期が違うとは言え、農繁期は大変であり、親戚や知り合いの力に助けられながら家族総出でこなしていたのである。
そんなことを思っていたら、摘み取ったばかりの新茶をリヤカーに乗せてヨロヨロしながら製茶工場まで運んだことを思い出した。小学生には重すぎるという注意を聞かず、頑張ったことを見せたくて無理をすることがしばしばだった。それが失敗につながり結果的に親の仕事の足を引っ張ることもあった。仕事の仕方が分かっていなかったということだ。
亡き祖父から何度も「あわてるな」とか「無理をするな」とかと言われたことを今でも覚えている。祖父は、農作業というものは毎年同じように巡ってくるのだから続けることが一番大事なのだと伝えたかったのだろうと思う。子どもの手伝いは一時だけのものだけれども大人の農作業は毎日のことなのである。だからこそ無理なく、長く続けられるような働き方が求められるということだ。仕事とはそういうものだ。当時の僕はそんな当たり前のことが分からなかったのだなあ。
 「段取り八分、仕事二分」という言葉がある。事前にキチンとした段取りをしておけば仕事の8割方は完了したに等しいという意味だ。仕事に取りかかる前に具体的に手順を決めておけばそれだけ仕事の質とスピードが上がることは、この歳になると何度も経験済みである。そしてこの段取りの中にはペース配分も含まれる。祖父は「段取り八分」とは言わなかったものの、「あわてるな」、「無理するな」という言葉でそのことを言いたかったのだと思う。体験から出た言葉は説得力がある。
 一方、最近は過重労働とか“超”超過勤務が問題になっている。利益追求に走るあまり個々の社員にノルマが課されたり、人件費削減のための人減らしが過ぎて過重労働を生んだりしているのだ。しかしそんな働き方では長続きするはずがないではないか。一人ひとりの能力を落とすだけではなく、ゆっくりと企業や組織のパワーを奪っていくことになり、やがて企業破綻に向かうことになりかねない。ここらで社会全体が一度足を止めて、あわてない働き方、身体に無理をかけない働き方を考えることが大切だと思う。仕事と家庭生活との両立を図り、健康な精神と身体で働くことが求められている。それがワークライフバランスの実現ということだ。
祖父は当然のことながらワークライフバランスなどという言葉は知る由もなかった。でも、「あわてるな」「無理をするな」と言いながら自分の働き方を大事にしていたのだと思う。祖父の言葉を思い出した機会に、僕自身の生き方をもう一度見直して、長く続けられる働き方や暮らし方を心がけることとしよう。