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山をたのしむ

森 雅志 2010.03
 このエッセイのタイトル、「山をたのしむ」は梅棹忠夫先生が昨年発刊された随想集『山をたのしむ』からの露骨なパクリである。先生の豊富な登山暦や人への思いが伝わってくる奥深い著作だと思う。先生が失明されてもなお抱かれている山への憧憬に驚かされもする。そして、先生の言葉どおり、この本からは「心配しないで山へいきなさい」という先生からのエールを感じることができる。山へ行く多くの人に薦めたい一冊である。
 さて僕は、はたして山を楽しんできたのだろうか。そもそも僕は他人に語るほど山を経験した訳ではない。なにせ初めて登山靴を買ったのが50歳の時なのだから、僕の山の履歴書は数行で終わってしまう薄っぺらなものなのである。当然ながら先生の言う「山をたのしむ」境地に達するには一生かかっても及ばないことだろう。それでも僕は僕なりに山を楽しんでいるのかと自問してみたい。
 僕が初めて買った登山靴で山に行ったのは平成15年6月の雄山・大汝山であった。6月だというのに、全く視界の聞かないほどの猛吹雪の中を歩いた僕は、前を歩く仲間の足元を見つめながら黙々と、本当に黙々と歩いたのだった。そして何故かは知らず、すっきりとした気分になったのだ。下山した後、僕が懲りてしまったに違いないと思っていたであろう同行者に対して僕が発した言葉は「次はどこに行く?」というものであった。僕はこの時点で僕なりに山に嵌ったのである。
 それからの僕は少ない休みを見つけてはあちこちの山を節操もなく強行軍で登ることとなった。以下に僕の山行暦を列記してみたい。別山、大辻山、剣岳(剱沢から初登頂)、大倉山、薬師岳、白木峰、牛岳、剣岳(早月ルートで初登頂)、祖父岳・水晶岳、富山市役所から雄山頂上まで旧立山道ウォーク、奥大日・大日岳、獅子峠・ザラ峠・越中沢岳・北薬師岳・薬師岳の縦走、鍬崎山、三俣蓮華岳、黒部五郎岳・北ノ俣岳、小佐波御前山、野口五郎岳・水晶岳・赤牛岳、三俣蓮華岳(2度目)、そして昨年9月に早月ルートで剣岳日帰り。以上のとおり。低い山もあれば高い山もある。短時間のコースもあればかなりの奥山も。普通は三泊のコースを時間がないからと言って二泊で終わらせることもあった。乱暴で無茶な日程もあった。まさに難行苦行の山行が多かったと思う。
 市町村合併をしたことにより新富山市には14ヶ所の山小屋があることとなったが、なるべく早く全ての山小屋に自分で足を運びたいという思いが強かったこともあって、結果的に同行の仲間に無理を言ったことも多かった。今になって思えば反省しきりである。
 お陰さまで昨年全ての山小屋に足を運ぶことができた。特に三俣山荘には二度お邪魔することができ、大町市長や高山市副市長などと一緒に山岳観光サミットを開催することもできた。ありがたいことだと思う。
 目標としていた全ての山小屋訪問が終わったのだから、これからは難行苦行の登山はやめることとしたい。それこそ楽しみながらの登山に徹したいと思う。僕なりに、「山をたのしむ」時間を持つこととしよう。そしていつの日にか、のんびりと雲の平を歩いて3度目の三俣山荘訪問を果たしたいものだ。その時には、山荘の経営者である伊藤さんの「山をたのしむ」思いを聞かせて欲しいなあ…。


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