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時代の先端人に時代遅れの時間を

森 雅志 2017.08.05
 僕は、現代人には当たり前のツールであり、あのトランプ大統領も使いこなしているツイッターがどういう仕組みなのか分かっていない。フェイスブックとは?ラインとは?インスタグラムとは?そういったことを理解しないまま過ごしているのである。つまり、完全に時代遅れの生き方をしているということだ。
 したがって、時代の先端を生きている人と接触する時には困ることが多い。同じ日本人同士で会話しているにもかかわらず相手が使う単語の意味が分からないからである。例えば、インターフェース?シングルサインオン?テザリング?などという単語の意味を僕は理解できていないのだ。漢字交じりの単語でさえ意味の分からないものがある。拡張子?断片化? どれもチンプンカンプンなのだ。
 さらに話を“拡張”すると、東京の外資系の企業やネット企業で働く人たちの使う言葉の中にも意味が分からないものが多い。日本語の会話なのに英単語を必要以上に使う話し方にも違和感を覚える。アサイン、スペック、タスク、バッファなどの単語は僕の日常生活には登場しないものである。30代の若者と話していてこんな単語を連発されると、わが身の老いを感じさせられることとなる。
 ところがここにきて、こういった時代の最先端の言葉を多用しているネット人種のひとたちが、意外にも単純な農作業に強い関心を持っていることに気付かされた。
 去年のある時期に、数年前からお付き合いがある東京の経営者からわが家の梨畑に遊びに来たいという依頼があり、白い花が満開の時期にドローンを使ったりしながら撮影を楽しんでくれた。そして収穫期には家族でやってきて、瑞々しい取れたての梨を美味しいと言ってたくさん食べてもくれた。その際に、梨を口いっぱいに頬張りながら、迷惑だろうけれども梨畑の作業を体験させてもらえないかと申し出があったのだった。毎日一人で畑作業をしている93歳の父に相談すると歓迎するとのことだったので、まずは4月の人工授粉の作業に来てもらった。なんと子供も含めて18人ものメンバーがわざわざ東京から新幹線でやってきた。刷毛で花粉を梨の花に付けるという単純作業のために、仕事を調整しホテルを予約して家族連れでやってきてくれたのだった。初めての農作業に大いに満足した彼らは5月の下旬の摘果作業にもやってきた。93歳の農園主である父は作業の意味や手順について説明しながら楽しそうな顔をしていた。
そして夕食を兼ねた慰労会は大いに盛り上がったのだった。彼らは典型的な都会生活者である。ほとんどの人がネット関係のビジネスをしている。旅行や美術鑑賞をはじめ、トレンドの先端を行く余暇時間を満喫している人たちである。そんな彼らがわが家の梨畑に新しい楽しさを見いだしたのだ。
面白い現象だと僕は思う。今の時代の急速な変化の中で、まさに最先端でAIとかIOTとかという仕事をしている新時代世代の家族がアナログどころか時代遅れとでも言うべき梨畑の農作業を満喫してくれたのだ。
アグリツーリズムと言うと、どうしても農家民泊みたいなことを考えがちだ。しかし彼らはそれぞれでホテルを手配し、食事場所を確保し、ただ農作業だけを楽しみにわが家の畑にやってきてくれたのだ。何か大きなヒントを得たような気がする。
きっと8月の後半には梨の収穫作業にやって来るに違いない。でもそれは梨というモノへの期待も込められているものの、作業というコトを求めて来てくれるのだ。彼らにとってのその作業は時代遅れに見えても至福の時間なのかもしれない。今から楽しみである。

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