過去のエッセイ→ Essay Back Number

許すまじ、女子大生

森 雅志 1994.07
 過日、地下鉄の車内にて女子大生のグループと隣あわせた。
「漱石研究年表」を手にしていたから国文科の学生のようだった。ところが彼女たちの会話を耳にして僕はひどく情け無くなってしまった。
「アイツってさあー、ナンカ名前うりーっみたいなとこ、あんでしょ。」
「あるある、ヒデェーあるかんじョ。」
「ナンカチョットってかんじョネ」
 活字にするとザットこんな風だろうか。彼女たちはきっと言葉も文字もこの程度しか知らないに違いない。思わずこの馬鹿娘たちの頭を何かでメッタ打ちにしてやろうかと思った。なにが「名前うりーっ」だ。あまりじゃないか、漱石先生が泣いているゾ。
 そして止むことなく話し続け、周囲に配慮することなく騒ぎ続けるのである。ガムは噛むわ、ゴミは捨てるわ、靴は拭くわ、尻は掻くわの大騒ぎを繰り広げるのである。(こうまでされてはもう堪忍ならぬ世間のために成敗いたす!というわけにもいかず)僕は小声で「馬鹿め!」と独り言ちた。
 以前にも似た経験が新幹線の車中であった。やはり女子大生とおぼしき4人組が僕の前席で、他の乗客が眉をひそめていることにも気付かず大声で話しつづけていたのだ。
 やがて我慢の限界に達した僕は、騒いでいた彼女たちに対し遂に敢然と言い放ったのだ。「騒いでるのは君達だけだ。しばらく黙っていなさい!」と。彼女たちは驚いた風ではあったが、東京駅に着くまでずっと無言のままであった。
 すこし可哀想な気もしたが、こうして僕は口やかましい中年の仲間入りを立派に果たしたのだった。
 一方僕には逆の立場の体験もある。学生時代の帰省電車の中で出会ったある老人からひどく叱られた記憶である。
 足を組んで雑誌を読んでいた僕は、長野駅で向い側の席に老夫婦が乗車してきたことに気付いていた。靴が触れたりしないようにと注意もしていた。しかし数分後、老人は手にしていた杖で突然に僕の頭を打って言った。
「年長者の前で生意気に足を組むな!」と。
 お陰様でこの日以来、誰かに対して礼を失したときなどこのことを思い出して反省する。この記憶は貴重な僕の財産だと思っている。それと同時に、いつかはあの老人のような立派な小言幸兵衛になりたいものだと目論んでいるのだ。
東京の馬鹿娘たちに請うご期待!