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初めての媒酌人

森 雅志 1996.04
 過日、初めて媒酌人という大役を務めた。
 友人たちの中には何度も経験しているという者もいたが、僕は今まで全く縁がなかったのである。(もっとも周囲の人は僕に依頼することに不安があったのかもしれない。)初めてのことではあったが、日頃お世話になっていることのご恩返しだと思い引き受けた。正直に言えば、少しばかり誇らしく感じてもいたのである。
 やがて結婚予定のカップルにお会いしてみると、じつにさわやかな印象であった。話しぶりが誠実さを漂わせる。なによりもしっかりと前を見つめて歩いていると感じさせる二人である。僕は安心すると同時に二人の門出に関われることを嬉しく思った。
 僕はさっそく媒酌人に関する解説書を数冊買って勉強を開始した。そのうえで、さわやかな二人のためにも形にとらわれないで自分なりの媒酌人を誠実に務めようと決めたのだ。まず冒頭の挨拶について考えた。いたずらに美辞麗句を並べることはよそう。失礼があってもよくないし長すぎてもだめだ。そして自分が感じた二人の人柄を正確に伝えたい。そのためにも事前にしっかりと文章を練っておこう。
 次に衣装だ。自分が主役じゃないとは言えそれなりにしなければなるまい。そして当日は早めに準備をすませ遅れないようにしなければなるまい。披露宴についても、列席者や家族の皆さんの気持ちに思いしながら、たえず目配りしていよう。そんなふうに、いろいろと考えていたのだ。
 しかし例によって忙しさに流されてしまったのである。
 結局のところ、挨拶は一度も書いてみるでなく、前日になってやっと二人の経歴を記憶する始末。そのうえ会場についてからワイシャツをスタンドカラーのものに着替えることになるは、注がれたアルコールは全て飲んでしまうは、引出物を忘れて返ろうとするはというていたらくであった。反省しきりである。新郎新婦とご家族に対しお詫びしなければなるまい。それでも、披露宴自体はさわやかなもので、感動的でさえあった。
 実は僕ら夫婦は披露宴というものをしていない。それだけに二人のご両親の挨拶には、自らの親の思いもかくやと思わされて心に滲みた。そういう意味では初めての媒酌人、自分にとっては色々なことを感じさせるいい機会になった。二度目はいつになることやら。