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少年老い易し、いわんや中年おや…

森 雅志 1998.04
 おそらく、今から述べるような話を誰も本当のことだとは思ってくれないと思う。いかにも作ったような話なのである。原稿を書くための「題材」が欲しくて創作したのではないかと思われるに相違ない。しかし、これから述べることは僕が実際に出会った少年のエピソードなのである。

 一月の二十日過ぎ、あるグループの一員として僕は山代温泉の小さな旅館に赴いた。型通りに宴会を終え、ひと風呂浴びた僕は、これも定型パターンのごとくマッサージをお願いした。

 やがて四十代半ばと思しき女性とひとりの少年が現れた。彼女は視力障害があると見え、少年に手を引かれてやってきた。簡単な挨拶の後で、彼女はマッサージが済むまで部屋の隅に少年がいても良いかと僕に尋ねた。構わない旨を述べると少年は小さく会釈をした。

 少年は高校生くらいに見えた。僕はマッサージを受けながら、目が不自由な母を助ける少年のことを本当にエライと思った。そう思いながら少年に目を向けた僕は、つぎの瞬間に驚いてしまった。なんと少年は部屋の隅で数学の問題集を開いたのである。

「君はエライねえ、いつもそうなの?」と僕。

「ハイ、そうです。」と彼はしっかりとした声で答えた。

 その後のやり取りで分かったが、彼は高校二年生であった。なんと小学校の五年生の時から毎日のように母の仕事に同行し、その場で読書をしたり、勉強を続けてきたという。できれば大学へ進学したいと彼は言った。(母親と彼との二人家族ではないのかと勝手に僕は思った。)

 まるで新派の舞台か、橋田寿賀子のドラマのワンシーンのようではあるけれど、僕は彼を立派だと思い、素直に感動した。青少年をとりまくいろいろなことが言われる中で、このような少年に出会えたことを嬉しいと思った。なによりも、毎日のように宴会で飲み、酒臭い息でマッサージを受け正体をなくしているわが身と、彼の姿の違いを思った。清々しい彼を前にしてわが身を心から恥じた。

 彼にはこれからも凛としたその姿勢のまま頑張っていって欲しいものだ。彼の未来に栄光あれ!と僕は思った。

 彼との邂逅は、遊んでばかりいたらそのまま年老いていくのだと再認識させてくれるためのものだったのだな!そう思いながらもやがて僕は泥のような眠りに落ちた。