過去のエッセイ→ Essay Back Number
青い瞳の長電話
森 雅志 2000.07
五月の末、我が家にニュージーランドから女子留学生がやってきた。
ジュリー・ミシェル・ホフマインスター。十六歳である。地元にある富山国際大学付属高校に通っている。青い瞳の娘が一人加わったことで我が家の雰囲気が随分と華やいでいる。彼女は明るく、素直で、利発である。我が娘たちとも仲良くやっている。妻とも良く話しているようだし、時々は家事の手伝いもしてくれているようだ。
僕は、滞在期間中は自由に使っていいからとパソコンを1台貸与した。加えて僕自信のメールアドレスを彼女に教え家族や友人との連絡に利用するように勧めた。もちろんアドレスを共有するのだからお互いにそれぞれ届いたメールや自らの送信文章を覗くことができるのだけれども、お互いの私信を見ないように気を付けることで共用することとした。もっとも彼女は僕宛てのメールを読解するほどには日本語能力はなく、僕は僕でもう長い英文を読みこなす能力をなくしているので実際のところ不都合なことは発生しないのである。いずれにしても彼女は毎日しばらくの間パソコンと向き合っている。つくづくとEメールの便利さを感じる。
もちろん電話やFAXもニュージーランドから届く。小包や手紙がやってくることもある。
まだ若い子供を異国に送り出した親の心情は容易に想像ができる。しょっちゅう電話をしたいと思っても不思議ではない。彼女も毎日明るく振る舞ってはいても寂しさにとらわれる時もあるだろう。僕と妻はそんな思いで毎日見守っている。
ある時、彼女から妻に三時間ほどの間電話を使いたいと言ってきた。驚いた妻が詳細を尋ねると次のように説明してくれた。
ニュージーランドでは20ドルほどの料金で海外へ長時間電話できるシステムがあり、友人が20人くらい集まる際にそのシステムを利用して向こうから掛けてきたいのだという。したがって費用の負担は掛けないけれど、数時間にわたって話し中の状態になるが了解して欲しいというのである。いくら少女たちとは言え三時間も電話をするのはいかがなものかとも思ったが、せっかく楽しみにしているのならと認めることとした。そこで我が家のFAX専用回線を使用することとし、加えて時差のこともあるので日本時間の午後4時頃から7時頃までだと条件を付けた。
やがて予定の日がやってきた。僕は夕方から小宴会があり、出かける前に彼女を探すと既にくだんの長電話が始まっていた。目を輝かせて早口でしゃべっている彼女に手を振って僕は出かけた。そして僕が帰宅したのは九時半ごろであったが、驚いたことに彼女はまだ電話で話していたのだった。台所へ行ってみると妻が用意した夕食が彼女の分だけテーブルの上に置かれていた。妻に聞くと夕方からずっと話しているとのこと、僕はあきれるとともにいささか腹を立てていた。いくらなんでも注意したほうが良いのではないかと思い、妻も同意したので彼女が電話している部屋に戻った。
楽しそうに電話している彼女に向かって、止めるように身振りで伝えた。彼女は怪訝な顔をして「前に頼んだ時にオーケーと言ったではないか。費用で負担は掛けないのだし。」と僕に言った。とりあえずはFAXを使用したいからと説明して、なるべく早く電話を止めるように伝えて僕は部屋を出た。数分後、僕のもとへやってきた彼女は泣いていた。そしてまた「前から頼んであったじゃない。」と言って僕を責めたのであった。
僕はゆっくりと話し始めた。「約束は三時間くらいだったはずだ、いくら久しぶりの会話でも五時間以上も電話をするということは良くないと思う。少なくとも日本では常識的ではない。ニュージーランドでも同じじゃないかな。若い人たちの長電話自体を責めているのである。それから君は周りに迷惑を掛けていないと思っているようだが、お母さん(僕の妻)は七時ごろに電話が終わると思って、その時間を見計らって夕ご飯の準備をしたと思う。その心遣いも無駄になってしまったじゃないか。いつ電話が終わるか分からないから、お風呂のこととか、明日の準備のこととかどうしたら良いのか分からないこともある。なによりも我が家にホームステイしているのだから家族の一員として振る舞って欲しい。僕も自分の子供だと思って常識的ではない長電話は注意せざるを得ないのだ。」そんな趣旨のことを言った。彼女は少しは分かったような顔をしたものの、不満気な表情を残しつつ自室に戻っていった。僕は僕で可哀相だったかなと思って気が晴れなかった。
翌朝、妻が僕にジュリーが謝っていたことを告げた。「お母さんたちの気持ちを考えなくて、ゴメンナサイ。」と言ったそうである。台所で顔を合わせたら照れくさそうにしていたので「昨日のことはもう良いからネ。僕はこれで二度とこの事に触れないから。」と話した。明るい笑顔が戻っていた。
ところが、その後に困ったことがおきたのだ。妻から事情を聞いた娘が僕をなじるのであった。「お父さんはひどい人だ。外国から来ている女の子をいじめて泣かせたのだ。久しぶりに友達と長電話をしたって良いじゃないか。大目に見てあげるべきだ。ヒドイ!ヒドイ!」と。
娘は娘なりに同世代の女の子として共感しているのだろう。みんな青春真っ只中だ。若さがうらやましい。(オジサンもどこかのスナックのママにでも長電話してみるか。)
ジュリー・ミシェル・ホフマインスター。十六歳である。地元にある富山国際大学付属高校に通っている。青い瞳の娘が一人加わったことで我が家の雰囲気が随分と華やいでいる。彼女は明るく、素直で、利発である。我が娘たちとも仲良くやっている。妻とも良く話しているようだし、時々は家事の手伝いもしてくれているようだ。
僕は、滞在期間中は自由に使っていいからとパソコンを1台貸与した。加えて僕自信のメールアドレスを彼女に教え家族や友人との連絡に利用するように勧めた。もちろんアドレスを共有するのだからお互いにそれぞれ届いたメールや自らの送信文章を覗くことができるのだけれども、お互いの私信を見ないように気を付けることで共用することとした。もっとも彼女は僕宛てのメールを読解するほどには日本語能力はなく、僕は僕でもう長い英文を読みこなす能力をなくしているので実際のところ不都合なことは発生しないのである。いずれにしても彼女は毎日しばらくの間パソコンと向き合っている。つくづくとEメールの便利さを感じる。
もちろん電話やFAXもニュージーランドから届く。小包や手紙がやってくることもある。
まだ若い子供を異国に送り出した親の心情は容易に想像ができる。しょっちゅう電話をしたいと思っても不思議ではない。彼女も毎日明るく振る舞ってはいても寂しさにとらわれる時もあるだろう。僕と妻はそんな思いで毎日見守っている。
ある時、彼女から妻に三時間ほどの間電話を使いたいと言ってきた。驚いた妻が詳細を尋ねると次のように説明してくれた。
ニュージーランドでは20ドルほどの料金で海外へ長時間電話できるシステムがあり、友人が20人くらい集まる際にそのシステムを利用して向こうから掛けてきたいのだという。したがって費用の負担は掛けないけれど、数時間にわたって話し中の状態になるが了解して欲しいというのである。いくら少女たちとは言え三時間も電話をするのはいかがなものかとも思ったが、せっかく楽しみにしているのならと認めることとした。そこで我が家のFAX専用回線を使用することとし、加えて時差のこともあるので日本時間の午後4時頃から7時頃までだと条件を付けた。
やがて予定の日がやってきた。僕は夕方から小宴会があり、出かける前に彼女を探すと既にくだんの長電話が始まっていた。目を輝かせて早口でしゃべっている彼女に手を振って僕は出かけた。そして僕が帰宅したのは九時半ごろであったが、驚いたことに彼女はまだ電話で話していたのだった。台所へ行ってみると妻が用意した夕食が彼女の分だけテーブルの上に置かれていた。妻に聞くと夕方からずっと話しているとのこと、僕はあきれるとともにいささか腹を立てていた。いくらなんでも注意したほうが良いのではないかと思い、妻も同意したので彼女が電話している部屋に戻った。
楽しそうに電話している彼女に向かって、止めるように身振りで伝えた。彼女は怪訝な顔をして「前に頼んだ時にオーケーと言ったではないか。費用で負担は掛けないのだし。」と僕に言った。とりあえずはFAXを使用したいからと説明して、なるべく早く電話を止めるように伝えて僕は部屋を出た。数分後、僕のもとへやってきた彼女は泣いていた。そしてまた「前から頼んであったじゃない。」と言って僕を責めたのであった。
僕はゆっくりと話し始めた。「約束は三時間くらいだったはずだ、いくら久しぶりの会話でも五時間以上も電話をするということは良くないと思う。少なくとも日本では常識的ではない。ニュージーランドでも同じじゃないかな。若い人たちの長電話自体を責めているのである。それから君は周りに迷惑を掛けていないと思っているようだが、お母さん(僕の妻)は七時ごろに電話が終わると思って、その時間を見計らって夕ご飯の準備をしたと思う。その心遣いも無駄になってしまったじゃないか。いつ電話が終わるか分からないから、お風呂のこととか、明日の準備のこととかどうしたら良いのか分からないこともある。なによりも我が家にホームステイしているのだから家族の一員として振る舞って欲しい。僕も自分の子供だと思って常識的ではない長電話は注意せざるを得ないのだ。」そんな趣旨のことを言った。彼女は少しは分かったような顔をしたものの、不満気な表情を残しつつ自室に戻っていった。僕は僕で可哀相だったかなと思って気が晴れなかった。
翌朝、妻が僕にジュリーが謝っていたことを告げた。「お母さんたちの気持ちを考えなくて、ゴメンナサイ。」と言ったそうである。台所で顔を合わせたら照れくさそうにしていたので「昨日のことはもう良いからネ。僕はこれで二度とこの事に触れないから。」と話した。明るい笑顔が戻っていた。
ところが、その後に困ったことがおきたのだ。妻から事情を聞いた娘が僕をなじるのであった。「お父さんはひどい人だ。外国から来ている女の子をいじめて泣かせたのだ。久しぶりに友達と長電話をしたって良いじゃないか。大目に見てあげるべきだ。ヒドイ!ヒドイ!」と。
娘は娘なりに同世代の女の子として共感しているのだろう。みんな青春真っ只中だ。若さがうらやましい。(オジサンもどこかのスナックのママにでも長電話してみるか。)