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小春日和の特等席

森 雅志 2003.12.01
 先僕は11月から12月初旬にかけての季節が好きだ。追い立てられるようなせわしなさを感じるには間があるものの、一年が終わろうとする緊張感が少しずつ強くなる時期である。知らずに身が引き締まるようで気持ちがよい。
 日が経つにつれて気温が下がっていき、日差しも変化していく季節だ。暮色が濃くなる時間帯には不思議と子供の頃の記憶がよみがえったり、落ちる寸前の夕日が懐かしい人を思い出させてくれることもある。晩秋が僕らを詩人にしてくれるのかも知れない。
 そんな季節を好きにさせるものの一つに小春日和がある。冬に向かう時間の中にエアーポケットができたかのように訪れる暖かさは格別である。人の心を暖めてくれ、優しい気分にさせるのだ。
 そんな日は抜けるように空が青い。群青という表現の方がふさわしいかも知れない。その上に日頃は見えないような遠くまでも見晴るかすことができるのだ。
その結果、僕らは世界に誇ることのできる最高の眺望を我がものとすることとなる。そびえ立つ立山連峰の雄姿である。まさに「立山あおぐ特等席」を手に入れることができるのだ。雲一つない蒼穹の下の白く輝く山並みも素晴らしいが、やがて陽が落ちていくにつれて空が茜色に染まっていく時間帯の夕陽を浴びた山々の美しさは例えようもない絶景である。赤い山脈が出現するのだ。この光景を前にした僕らは黙って佇むこととなる。どんな言葉もいらない、ただ見つめ続ければ良いのである。やがて光が力を失って行くにつれて茜色を残した山々が黒っぽいシルエットに変化していき、冷気が強くなる頃にはいつの間にか星が輝きだしてくるのである。そんな小春日和の日の夕暮れは僕らの宝物だと思う。この宝物に出会えるからこそ僕はこの季節が大好きなのである。富山に生まれたことの喜びを感じずにはいられない。
 同時にこの絶景をたくさんの人に見てもらいたいと思う。そのために今年から市庁舎の展望塔にカメラを設置して立山連峰の姿を撮影し、ホームページに24時間ライブ映像を掲載している。更にはハイビジョン撮影によるビデオも制作中である。色々な仕掛けで宝物である立山の姿を世界中に発信していこうとしているのである。
 ところで「立山あおぐ特等席」を標榜する意義は観光アピールや賑わい創出だけではないと思う。我々富山市民の立山の峰々に対する熱い思いを表明しているという意義の方が大きい。佐伯有頼(立山の開山者)に繋がる歴史や文化を守ること、環境を破壊しないこと、自然を大切にすることなどを宣言していることになるのだ。言葉を換えれば立山が僕らの魂のよりどころだと宣言しているのだと思う。
 小春日和にはそんな思いで立山をあおぎ見ていたいものだ。