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禁煙お二人様

森 雅志 2004.07
 羽田空港の中のある軽食の店で体験した面白エピソードを紹介したい。
僕らは搭乗時間前に昼食を取ろうとその店に入った。入り口で店員と思しき男性から「禁煙ですか、喫煙ですか。」と尋ねられたので、タバコは吸わないと伝えると彼は奥の方に向かって「禁煙二名様!」と大きな声で言った。やがて案内されてテーブルに着こうとする僕らに対して水を運んできたお嬢さんが「禁煙お二人様ですか?」と聞いてきたので、僕らは思わず「はい!」と答えていたのだった。
周囲を見てみると他の客に対してもこの要領で接客しているのである。つまりこの店では全ての客は、例えば「禁煙お一人様」とか「喫煙三名様」とかといった具合に識別されているのだ。そして客の方も問いかけに対して「そうヨ私は禁煙お一人ヨ」などという表情で「はい」と答えているから面白い。
驚いたことに食事代を払うためにレシートを持ってキャッシャーに渡すと、ここでもう一度「禁煙お二人様ですね。」と確認されるからスゴイのだ。おかげで僕らは「禁煙お二人様」という識別ネームを戴きながら実に楽しく食事をすることができたのだった。
これに類することは居酒屋や小料理屋などでも経験することが多い。例えばビールを注文すると「はい、3番さんビール一本!」などと声が響き、やがてオネエサンが「3番ささん、ビールお待たせ。」などと言ってビールを運んできてくれることになるのである。そして店を出るまで僕らは「3番さん」という名前で識別されることになるのだ。
しかしそんな対応はすこし違うのではないのか、と僕は言いたい。3番という識別はお客を特定するために店の関係者間で必要なことではあっても、客にしてみると関係のないことであり、例えば「お客さん、ビールお待たせ。」などと言いながら接客してくれたら良いのにと思うのである。
そもそも内輪で使う符丁や略語というものは関係者間だけで使用されるべきものであり、それが外に向かって発信されたり使用されたりするのは如何なものかと思う。
そうは申せ、よく考えてみるとこれに近いことは市役所の中でもしばしば発生している現象ではないのか。例えば駅前広場を「駅広」と言ったり、国民健康保険を「国保」としたり、定数を越える教員の配置を「過配」と言ったりというケースである。あるいはいわゆる役所用語を多用し過ぎて説明が解かりにくくなっているということはないのか。おおいに反省しなければならないし、説明が独り善がりにならないように充分に注意しなければならないと思う。
もっとも、符丁や番号で人を特定しない方が良いとはいえ住民票などの交付窓口でお客様を整理番号で呼ぶのは仕方がないと思う。まさか「そこの赤いシャツのお客様」とも言えないし、申請者の中には名前で呼んで欲しくない人もいるのだから。むずかしいナァ。