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ダイアログ・イン・ザ・ダーク

森 雅志 2005.12
 過日、ダイアログ・イン・ザ・ダークというワークショップ形式の展覧会に参加した。これは真っ暗な空間の中を聴覚や触覚など視覚以外の感覚を使って移動することを体験するものである。もちろん民間主催の展覧会であるから入場料を払って体験するのだ。
 何も見えない空間の中には植物や家具、つり橋や駅のホームなどといったものが配置されておりその中をアテンドしてくれる視覚障害者の声と初めて手にした白杖をたよりに、まさに手探りで移動していくという企画である。最後には仮設のバーに案内され暗闇の中でビールを飲むことさえ体験するのである。
 真っ暗な空間を日常生活で体験することはまずないと言って良い。仮に深夜に目を覚ましたとしてもかすかな光りがありうっすらとは見えているものだが、この会場は本当の闇の世界なのである。暗黒の世界なのだ。そしてその闇の中に色々な匂いがあり、臨場感あふれる音や風が演出されるという趣向である。まさに不思議ワールドの出現だ。
 事故を回避する意味から一度に場内に入る人数が制限されており、僕らは七人のグループとなった。初めて会った人たちであったのだが、体験が終わったときにはある種の仲間意識で繋がれていたと思う。暗闇の中をおそるおそる歩くうちに自然に心が素直になり、お互いに声を掛けあうことでチョットした信頼感が芽生えたのだろう。人は支え合って生きていくものだということか。人の存在の優しさや暖かさを痛感させられた。
 もとより視覚のきかない世界は初体験であるうえに、あらかじめ橋や階段があるなどといった情報が与えられるわけではないので最初は不安でいっぱいのスタートである。ところがコースを進んでいくうちに眠っていた視覚以外の感覚が呼び覚まされるのか、少しずつ大胆になっていく自分に驚いた。
 いずれにしても視覚の重要さを再認識すると同時に視覚障害者の皆さんの研ぎ澄まされた感性に驚愕を覚える体験であった。
言葉を換えれば、僕らは日常の営みの中で本能としての感性を劣化させてしまったということになる。もう僕らには漆黒の闇の荒野を生き抜く野生は残っておらず、光のない世界を生きることなどできないということだ。日々進行する老眼に苦しめられてはいても光の中で暮らしていけるのは幸いである。
そう言えば「もっと光を!」と言って死んでいった大文豪もいたっけ。