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天涯の守り

森 雅志 2007.09.05
 夏季休暇を利用して今年も山行に出た。今年のルートは室堂から薬師岳までの縦走である。快晴に恵まれ素晴らしい山行であった。
 初めて五色ケ原に行くことができた。花畑のように咲き誇る多くの高山植物に感動した。周囲を深山に囲まれた雲上の台地にあれほどの花々が咲き乱れているとは…。登山者の多くが穏やかな表情であったことが印象深い。
 ところで、この五色ケ原の北西側は岩肌がむき出しの荒々しい絶壁である。いや、大絶壁である。緑豊かな台地と荒涼たる大絶壁とが背中合わせになっているのだが、その極端な対比に驚かされる。自然の威力に圧倒されたと言うべきか…。
はたして、この大絶壁を含む巨大なくぼ地こそが立山カルデラなのであった。カルデラの語源は「大きな鍋」という意味らしいが、上から見下ろした立山カルデラはまさに巨大な鍋のようであった。しかしこの巨大な鍋の中には、安政の大地震の際の「鳶崩れ」と呼ばれる大崩落による大量の土砂が今も堆積しているのである。もしその全てが流れ出すと、富山平野を2mの土砂で埋め尽くすと言うから驚く。この土砂の流出を防ぐために、1906年以来百年にわたって続けられているのが立山砂防工事なのである。今日まで営々と続けられて来た砂防事業こそが下流に位置する富山市の安全を守っているということなのだ。天涯とも言うべき大深山で300人近い人たちが常駐し乍ら、工事を続けていることに感謝しなければなるまい。同時に、この百年の砂防の歴史を担った先人の努力にも最大の敬意をささげたい。天涯の守りに感謝、感謝。
 現在、カルデラ内には大小あわせて200基に及ぶ砂防えん堤が作られている。中でも白岩砂防えん堤は高さが日本一である。また、常願寺川の中流にある本宮砂防えん堤は貯砂量が日本一だ。また資材運搬用の延長18㎞の専用軌道トロッコも運行されているのだが、この軌道は世界でも珍しい38段のスイッチバック(急な斜面を行ったり来たりしながらジグザグに登る仕組み)を持っている。このように立山砂防には有形文化財も数多いのである。こういった砂防事業の全体像やカルデラの詳細について説明する施設として立山カルデラ砂防博物館がある。ここに行くと砂防という日本語がSABOという英語になったことが納得できる程にわが国の砂防事業の重要性を実感することができる。
 さて、本宮砂防えん設置70年という節目の年にあたり、えん堤をライトアップして巨大な光のカスケードとして浮かび上がらせながら、川原舞台で音楽やダンスを演ずるパフォーマンスを実施した。自然の音と演奏音とが共鳴して幻想的な世界が生まれ大感動の一夜であった。参加者は5000人にも上ったが、砂防事業への理解も深まったと思う。今回だけの企画という思いであったが、多く寄せられる感動の声にカルデラの砂礫のように心が崩れそうになっている…。困ったなぁ。