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空腹は待ってくれない?

森 雅志 2010.01.05
 富山空港発羽田行きの第一便の出発は早い。午前7時過ぎの出発だから、僕の場合は6時15分頃に家を出る。そのためには5時半頃に朝食を食べてあわただしく家を出ることとなる。当然、空港の待合室で軽食を食べている人も多い。みんな朝は忙しいのだ。
 それでも、過日見かけた光景にはいささか驚いてしまった。斜め前の座席の妙齢の女性がバッグの中からラップで包まれたモノを取り出し、躊躇することなく大きな口で食べ始めたのである。それはいかにも家庭で作りましたという大きな海苔のおにぎりであった。女性が食事するところを盗み見するのもどうかと思い何事もないかのように装ってはいたが、僕は大きな違和感にとらわれていた。いくら朝がいそがしいからと言っても、離陸直後の旅客機の客席で朝食を始めるというのは如何なものかと思ったのである。以前に路線バスの中で化粧をしている若い女性を見かけて絶句したこともあったが、それ以上に違和感を感ぜずにはいられなかった。
 もっとも、僕も特急電車の中で駅弁を食べる。国際線の旅客機の中で機内食も食べる。安定飛行に入った後で提供される機内サービスのコーヒーなどもいただく。どこが違うのだと反論されると僕の声は急に小さくなるのだけれども…。公共空間で食事をするとか化粧をするとかということは、お互いに許容しあっている範囲、あるいは予定されている領域に限定されるべきであって、無制限に開放されるものではあるまいと僕は思うのだが。もとより権利とか規制とかという話ではなくて、公共マナーの議論である。美意識の問題だとも言える。
 しかし、もうそんな考えは通用しなくなっているのかもしれない。都会に行くと交通機関の中で飲食している若者を見かけるのはしょっちゅうだ。人ごみの中を飲食しながら歩いている人も多い。物理的には周囲に迷惑をかけていないように見える。でもちょっと違うことに気づいて欲しい。例えば寄席に行くと多くの観客が飲食しながら舞台を見ている。一方、コンサートや演劇を見るときに飲食している人はいない。そこにみんなが自然に身につけたマナーを見つけることができる。
 天気の良い日の公園で親子がお弁当を食べる光景はほほえましい。だからと言って、昼間からカラオケを持ち込んで大酒盛りを始めるのは良くないことは多くの人が共感できる。そこに守るべきマナーや美意識があると言いたいのである。いや、あったと言うべきか。
最近はそのマナーなるものが大きく変質してきていることを感じさせられることが多い。冒頭に紹介した機内でのおにぎり朝食もことさら違和感なく受け入れられる時代になっているのかもしれないなあ。新しいマナーの時代になったと言うことか。
 最後に僕が時代についていけなくなっていることを示すエピソードをひとつ。あるところで「アベック」という言葉を使ったら若者に笑われてしまった。ではどう言うべきなのかと尋ねたところ、「カップル」と言うのだと教えられた。なるほどねえ。