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フェルメールの魔法
森 雅志 2013.06.05
ゴールデンウィークを使ってドイツに行ってきた。ドレスデンとベルリンの二都市訪問。旧東ドイツのエリアに行くのは初めてなのでワクワクしながら駆け抜けてきた。もっとも東西ドイツ統一から20数年が経っているうえ、東ドイツ出身のメルケル首相が登場してから何年も経つのだから、旧東ドイツエリアという認識そのものが正しくないのかもしれない。それでもまぁ、ベルリンの壁や強制収容所の保存施設などに足を運ぶことができたのだから記憶に残る旅であった。
そもそも何故に先の二都市に行くことになったのか。動機は画家のフェルメールにあるのである。ご存じの人も多いと思うが、フェルメールというのは17世紀のオランダの画家であり、日本ではこの10数年の間に急に注目されるようになった人である。現存する作品は少なく、研究者の間に議論はあるものの、(通説的には)彼の作品だとされているものは世界中に37点しかない。その作品数の少なさ故に、欧米各都市の美術館に散在するフェルメールの全作品を訪ねる、ある意味至福の、ある意味贅沢な旅がフェルメール愛好家の間でブームになっている。盗難にあって行方の知れないものや個人所蔵で公開されていないものを除くと、フェルメールのファンが自らの努力で鑑賞することができるのは35点とされている。そんな中で2006年に発刊された『フェルメール全点踏破の旅』(朽木ゆり子著)などが刺激になり、フェルメール作品を追いかける人がここに来てまた増加しているらしい。実は僕もその1人なのだ。
きっかけは、富山市ガラス造形研究所の教授たちと一緒に行ったウィーンで、(フェルメールのことも知らないまま、)美術史美術館で偶然に見た『絵画芸術』という作品なのである。それ以来フェルメールにはまり、機会を見つけてはあちこちを訪ねるという、絵に描いたような追跡者になっている。
ところでベルリンである。ドレスデンの紹介もしたいのだが、初めて訪れたのにもかかわらず強いインパクトを受けたベルリンの話しをしたいと思う。東西ベルリンに分断されてきた悲劇の街であり、奇跡の街だとも思うベルリン。その街に初めて足を運びいろんな情景を見てきた。街の風情は都会的であり、人々は表情豊かに人生を謳歌しているように見える。しかしその印象も、「ベルリンの壁」に触れ、「ザクセンハウゼン強制収容所」に足を運んだ後は僕の中で複雑に形を変えていった。
初めて強制収容所という施設に行ったのだが、そこで実際に起きていた残酷な事実に言葉を失った。広大な敷地の入り口の門には「労働は自由をもたらす」という言葉が掲げられている。しかし10万人を超える人がここで犠牲になっている。強制「労働」に耐えたにもかかわらずである。嗚呼何ということだ。
しかしながら英語で説明してくれた元大学教授というボランティアの男性の表情から、ドイツ人としての後ろめたさを感じることは微塵も無かった。ナチスと現代ドイツとの関係性の不思議さに驚かされてしまった。
さて話題を戻すとしよう。最近は国内で作品が展示されることも多い。そんな機会を利用しながら僕の追跡の旅は順調に進んで来ており、今回の旅によって鑑賞した作品は34作品となった。残る1作品はエリザベス女王がお持ちであり、女王が王宮を留守にされる際などに展示されるらしい。つまりロンドンに行けば必ず鑑賞できるという訳ではない。女王陛下!常設展示は無理でしょうか。
そもそも何故に先の二都市に行くことになったのか。動機は画家のフェルメールにあるのである。ご存じの人も多いと思うが、フェルメールというのは17世紀のオランダの画家であり、日本ではこの10数年の間に急に注目されるようになった人である。現存する作品は少なく、研究者の間に議論はあるものの、(通説的には)彼の作品だとされているものは世界中に37点しかない。その作品数の少なさ故に、欧米各都市の美術館に散在するフェルメールの全作品を訪ねる、ある意味至福の、ある意味贅沢な旅がフェルメール愛好家の間でブームになっている。盗難にあって行方の知れないものや個人所蔵で公開されていないものを除くと、フェルメールのファンが自らの努力で鑑賞することができるのは35点とされている。そんな中で2006年に発刊された『フェルメール全点踏破の旅』(朽木ゆり子著)などが刺激になり、フェルメール作品を追いかける人がここに来てまた増加しているらしい。実は僕もその1人なのだ。
きっかけは、富山市ガラス造形研究所の教授たちと一緒に行ったウィーンで、(フェルメールのことも知らないまま、)美術史美術館で偶然に見た『絵画芸術』という作品なのである。それ以来フェルメールにはまり、機会を見つけてはあちこちを訪ねるという、絵に描いたような追跡者になっている。
ところでベルリンである。ドレスデンの紹介もしたいのだが、初めて訪れたのにもかかわらず強いインパクトを受けたベルリンの話しをしたいと思う。東西ベルリンに分断されてきた悲劇の街であり、奇跡の街だとも思うベルリン。その街に初めて足を運びいろんな情景を見てきた。街の風情は都会的であり、人々は表情豊かに人生を謳歌しているように見える。しかしその印象も、「ベルリンの壁」に触れ、「ザクセンハウゼン強制収容所」に足を運んだ後は僕の中で複雑に形を変えていった。
初めて強制収容所という施設に行ったのだが、そこで実際に起きていた残酷な事実に言葉を失った。広大な敷地の入り口の門には「労働は自由をもたらす」という言葉が掲げられている。しかし10万人を超える人がここで犠牲になっている。強制「労働」に耐えたにもかかわらずである。嗚呼何ということだ。
しかしながら英語で説明してくれた元大学教授というボランティアの男性の表情から、ドイツ人としての後ろめたさを感じることは微塵も無かった。ナチスと現代ドイツとの関係性の不思議さに驚かされてしまった。
さて話題を戻すとしよう。最近は国内で作品が展示されることも多い。そんな機会を利用しながら僕の追跡の旅は順調に進んで来ており、今回の旅によって鑑賞した作品は34作品となった。残る1作品はエリザベス女王がお持ちであり、女王が王宮を留守にされる際などに展示されるらしい。つまりロンドンに行けば必ず鑑賞できるという訳ではない。女王陛下!常設展示は無理でしょうか。