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桜の園の記憶

森 雅志 2014.04.05
 僕の部屋には一枚の桜の写真が飾られている。高さが15メートルくらいの大きな桜がその全身に満開の花を咲かせている写真だ。桜並木という図ではなく、一本の大木の桜が孤高の輝きを誇っているのだ。この写真を撮ったときに幹のそばに立って、空に広がる枝ぶりを見上げてみたが圧倒されてしまった。爾来、毎年何とか時間を見つけてはこの桜を見に行くことにしている。僕の知る限り、富山市にある桜の中では超一級の一本だと思う。この広報が各家庭に配布される時期がうまく桜の開花時期に重なったとしたら、こっそりと見に行ってもらいたいものだ。場所は県立図書館の奥にある弓道場の先。間違ってもビニールシートを敷いて宴会をしながら見上げる桜ではない。静かにひっそりと、離れた距離で全体の形を観賞すべきだと思う。
 さて、市内にはたくさんの桜の名所がある。「富山さくらの名所70選」には市内から21カ所が選定されている。いくつか拾ってみると、常西用水プロムナード、松川公園、磯部堤、城址公園、寺家公園、塩の千本桜、城ケ山公園、富山県中央植物園、婦中ふるさと自然公園、鎌倉八幡宮の大桜などがある。なにせ桜の開花期間は短い。名所といわれる場所の多くにいっぺんに足を運ぶことは難しい。時間がかかるかもしれないけれど、なんとか機会をつくって桜を楽しんでいきたいと思う。
 何年か前のこのエッセイで紹介したことがあったが、あえてもう一度、詩人茨木のり子さんの「さくら」という作品の一部を紹介したいと思う。
  「ことしも生きて
   さくらを見ています
   ひとは生涯に
   何回ぐらいさくらをみるのかしら
   ものごころつくのが十歳くらいなら
   どんなに多くても七十回ぐらい
   三十回、四十回のひともざら
   なんという少なさだろう(略)
(茨木のり子 「食卓に珈琲の匂い流れ」)
満開の華やかさと、すぐに散ってしまう儚さが同居していることが桜の魅力だと思うが、その魅力に触れられる機会は限られているのだ。さくらを観賞することは人の命の儚さを思うことでもあるのだ。心して桜を愛でたいと思う。
 桜といえば思い出すエピソードが一つある。小学三年生のときだったと思う。突然クラスに「桜井園子」というあかぬけた少女が転校してきた。僕らがまだゴムの短靴を履いていた時代に、名字と言えば森とか土田とか田中とか石川とか、いかにも農村地域を思わせる集団に、突然と「桜井園子」がオシャレな装いで現れたのである。呉羽紡績の社員の異動にともない転校してきたものだった。その後には、エルサルバドルから来たというハイカラな転校生もやってきた。総曲輪にさえめったに行ったことのなかった僕には大きなカルチャーショックであった。彼女たちに対する仄かな眩しさの記憶とともに今も当時のショックを引きずっている気がする。
 中学に入ってロシア文学を読み始めた頃にそうだったのかと得心した瞬間があった。「桜井園子」はチェーホフの名作「桜の園」から名づけられたのに違いないと。彼女のその後の消息は知らないけれど、チェーホフの作品になぞらえるとしたら、さしずめ「三人姉妹」で、「可愛い女」であり、「小犬を連れた貴婦人」になっているのだろうね。