過去のエッセイ→ Essay Back Number

天空をめざして

森 雅志 2018.09.05
 この原稿を僕の誕生日である8月13日に自宅で書いている。僕の場合、誕生日に自宅でのんびり寛いでいることが珍しい。ここ数年、この時期には薬師岳周辺に出かけることを恒例にしていたからである。今年は生まれて初めて開腹手術を受けて入院していたことで山行をするための体力が落ちてしまっているうえに、医者からは当分はハードな運動を避けるように厳命されているので登山などはもっての外という状況なのである。その結果無聊をかこつ誕生日となってしまい、毎月のエッセイの締め切り日まで間があるというのにこうやって書きだしたという次第。
 去年の誕生日に65歳になり、自分も高齢者の新入会員だ!などと口にしながらの1年であったが、あっという間に66歳を迎えた訳である。今までの人生で一番早く時間が流れたと感じさせられる1年であった。こうやって加速度的に加齢していくのだなと思わされる誕生日である。それだけに1日1日を充実したものとして生きていこうと朝から強く思っている。
 そして今日感じているもう一つの感慨が誕生日を山で迎えることができなかったことの寂しさである。思い起こしてみると、誕生日を山で迎えた最初の年は平成18年の8月であったのでちょうど干支が一回りということになる。この年は前日の12日から薬師岳の奥に入っていた。誕生日当日は早朝に薬師沢の小屋を発ち、雲ノ平を経て水晶岳に登ったのだが、ちょうど正午に山頂に立つことができた。誕生日を富山市の最高峰で迎えることができたということだ。ピークに立った時の感動は今も鮮明である。そのうえ、同行者の一人である大先輩が赤ワインを山頂まで持参して来てくれており、全員でハッピーバースデーを歌いながら祝杯をあげることができたのであった。まさに生涯忘れ得ぬ誕生日となった。そのうえに、その夜に宿泊した高天原山荘ではバースデーケーキを用意していただいた。材料が揃いにくい山小屋、それも北アルプスの最深部にある秘境と言ってもよい小屋でよくぞ作っていただいたと大感激したことも忘れられない。
 それ以来、僕の誕生日前後には登山をすることが恒例のようになったのである。2年前からは8月11日が山の日として祝日になったこともあり、僕自身としては毎年この時期に山行することを続けていきたいと考えてきた。去年は薬師岳の太郎平小屋までソプラノサックスを担いで登り、「見上げてごらん夜の星を」を演奏するということまでやってみた。何とか演奏はできたもののあまりの荷の重さに懲りてしまい、今年はオカリナを持参しようと決めてすでに購入しているのだ。そんな経緯がある中での今年の誕生日。山に行けないことでぽっかりと穴が開いたように寂しさにとらわれている。先ずは体力の回復に努め、少しずつ足を慣らしていきながら来年の誕生日登山を目指したいと思う。
 僕が登山を始めたのは50歳になってからである。それ以前にも軽装で雄山山頂まで登るという経験はあったけれど、登山靴を履き、防寒具などの装備を揃え、登山用リュックを背負いながらの山行はしたことがなかった。そんな僕だが、誘われて始めてみると黙々と無心になって歩くという時間が実に気持ち良く、すっかり魅せられてしまったのだった。以来、時には同行者に助けられながらも年に数度の山行を続けてきた。富山市にある全ての山小屋に足を運ぶこともできた。時には無茶な登山もしたけれど安全登山を基本にしてきた。その結果として多くの人との出会いがあり、それが自分にとっての財産になっているのだ。これからも体力と相談しながら、時々は天空をめざしていきたいと思う。もちろん年齢相応のペースを忘れずに。