平成23年11月26日
昨日25日が亡くなった妻の百ケ日であった。曹洞宗では49日の後、100日にあたる百ケ日が大きな節目とされていてお寺さんにお経を上げてもらった。とは言え、僕は東京出張で一緒にお参りすることができず残念であった。もう100日が過ぎたんだなあ。月命日には仏壇だけじゃなくお墓にも花を手向けて手をあわせているものの…、不思議と心に去来するものがない。正直に言えば、この100日間故人が夢に出てくることさえなかった。妻を亡くした後、何人かの同じ経験をされた先輩から最初の一・二年は大丈夫だが三年目あたりから辛くなるのだと聞かされていたのだが…。この100日間に関しては、言わば淡々とした時間の経過だったと思う。
昨夜は同じ8月に奥さんを亡くした友人と飲んだのだが、彼も同じことを言っていた。「やらなきゃいけないことがいっぱいあって、あまり思い出すこともない。自分が薄情な人間に思える…。」と。2人で痛飲してしまった。
子供たちも淡々としている。みんなが知らずに意識コントロールしているということか。
今月20日に水上バイクの運転のための特殊小型船舶免許の試験を受けたのだが、学科・実技ともにパスしたことを試験機関のホームページで確認できた。一週間ほどすると免許証が送付されてくるようだ。長女も一緒に受験したのだが彼女もパスしてくれて良かった。来春になったら場所と日を選んで二人で水上バイクを疾走させることとしよう。どこかから亡き妻の「あまり調子に乗っとったら駄目よ。」という声が聞こえて来そうではあるけれど…。
昨夜は同じ8月に奥さんを亡くした友人と飲んだのだが、彼も同じことを言っていた。「やらなきゃいけないことがいっぱいあって、あまり思い出すこともない。自分が薄情な人間に思える…。」と。2人で痛飲してしまった。
子供たちも淡々としている。みんなが知らずに意識コントロールしているということか。
今月20日に水上バイクの運転のための特殊小型船舶免許の試験を受けたのだが、学科・実技ともにパスしたことを試験機関のホームページで確認できた。一週間ほどすると免許証が送付されてくるようだ。長女も一緒に受験したのだが彼女もパスしてくれて良かった。来春になったら場所と日を選んで二人で水上バイクを疾走させることとしよう。どこかから亡き妻の「あまり調子に乗っとったら駄目よ。」という声が聞こえて来そうではあるけれど…。
平成23年11月14日
6日から10日までの間、3泊5日の強行軍でミラノに行ってきた。富山県薬業連合会のイタリア薬業界との交流に途中参加した次第。まあ、去年の同じ事業への参加が1泊3日だったことを思えば不満は言えないか。何度かイタリア語でスピーチをし、会話もできたので自分としては大満足の旅であった。薬業界との交流の場で富山市長の立場でかの地の言葉で挨拶することが目的だったのでまあまあ成果を出せたのかなと思う。遊び心で始めた学習も役に立つこともあるということか。せっかく頭のモードがイタリア語に傾いているのだから毎日少しづつでも続けたいと思う。
3日目の夜に機会を得て良い出会いを持つことができた。ミラノから50キロほどの距離にあるノバラという市まで出向き吉田裕史という日本人指揮者に会うことができたのである。ノバラ市の劇場でオペラ蝶々婦人を上演する、その直前の練習の場に立ち合わせてもらうことができた。人口が10万人程度の街なのに立派な劇場があることに驚いてしまった。文化の違いを痛感。
さて、その吉田裕史さんは富山市のオーバードホールで過去に6回タクトを振っている指揮者なのである。また、富山県の招聘事業でオーケストラの指揮、指導にも2、3回来富されているらしい。その吉田さんがイタリアに在住し活躍されていることを知り急遽ご挨拶に伺ったという次第である。真剣勝負のような練習の場に立ち会えたことにも感動したが、富山市のオーバードホールや呉羽の芸術創造センターのことなどを評価してもらったことが嬉しかった。富山に縁のある方が世界で活躍されていることも嬉しい。演出家にも富山を紹介してしてもらった。ありがたい事だと思う。吉田さんのような富山ファンが世界のあちこちで活躍されていることに意味がある。と思う。いつか機会を見つけて富山に来て欲しいものだ。
3日目の夜に機会を得て良い出会いを持つことができた。ミラノから50キロほどの距離にあるノバラという市まで出向き吉田裕史という日本人指揮者に会うことができたのである。ノバラ市の劇場でオペラ蝶々婦人を上演する、その直前の練習の場に立ち合わせてもらうことができた。人口が10万人程度の街なのに立派な劇場があることに驚いてしまった。文化の違いを痛感。
さて、その吉田裕史さんは富山市のオーバードホールで過去に6回タクトを振っている指揮者なのである。また、富山県の招聘事業でオーケストラの指揮、指導にも2、3回来富されているらしい。その吉田さんがイタリアに在住し活躍されていることを知り急遽ご挨拶に伺ったという次第である。真剣勝負のような練習の場に立ち会えたことにも感動したが、富山市のオーバードホールや呉羽の芸術創造センターのことなどを評価してもらったことが嬉しかった。富山に縁のある方が世界で活躍されていることも嬉しい。演出家にも富山を紹介してしてもらった。ありがたい事だと思う。吉田さんのような富山ファンが世界のあちこちで活躍されていることに意味がある。と思う。いつか機会を見つけて富山に来て欲しいものだ。
Back Number
2019年
2018年
2017年
2016年
2015年
2014年
2013年
2012年
2011年
2010年
2009年
2008年
2007年
2006年
2005年
2004年
2003年
2002年
2001年