平成13年9月30日
 あの長嶋監督が退任した。突然のことに驚いたが、永遠のヒーローは去り際もさわやかである。予想もしないタイミングであっさりと身を処していく。「新しい時代は新しい世代の手で。」というコメントにも厭味がない。立派、立派。
 1974年の現役引退の日のことが思い出される。あの日はたしかダブルヘッダーだったと思う。後楽園球場まで足を運んだがチケットが手に入らず、慌ててアパートまで戻ったことを覚えている。部屋のテレビのスイッチを入れた直後に長嶋のホームランが飛び出し,僕は興奮状態だった。テレビから伝わる球場の雰囲気も回を追う毎に興奮度が高まっていたと思う。そして試合終了後に有名なあの「我が巨人軍は永久に不滅です。」の名セリフが飛び出した。僕のテンションはピークに達し、ついにはグランドを一周する姿を見ながら一人で泣いていた。
 今回の退任記者会見の様子をテレビで見たが、さすがに涙は出ない。僕も長嶋監督も年を取ったのだろう。さほどに興奮したりもしない。淡々とテレビを見ていた。
 いよいよユニフォーム姿の長嶋茂雄を目にすることがなくなってしまう訳なのだから、せめて残りの試合はしっかりと応援しようと今日もナイター中継を見たが、情けなく負けていた。ナントカしてもう一度あの天真爛漫な笑顔を見たいものだと思うが、難しいことなのかもしれない。せめて、ご苦労さんと、ありがとう言っておこう。
平成13年9月22日
 アメリカ人の愛国心はすごい。これから先に更なる犠牲が出ることがあっても国民が結束して先の犠牲者のための報復行動に出るべきだと言う。なにより全国から押し寄せている救出や復興のためのボランティアの数とその姿にも驚く。阪神大震災や、重油流出事故の際には僕らも頑張った。それでもそのときの僕らの思いと今のアメリカ国民の思いとは少し距離があるように思う。断固として正義を実現するのだという意思が背景にある。社会のために自分が奉仕しようとするボランティア精神だけではない、なにか一種の「国民の意思」みたいなものを感じる。国家の一員であるという自覚を感じる。なぜかは知らず、遅れをとったような気分だ。……。
 それでも、僕らには僕らなりの国を思う心がある。社会のために一身を捧ぐ決意がある。だれもが拳銃を帯びている社会とは違う、僕らなりの愛国心がある。米国テロ事件の報道を見ながら僕は少し意地になってそんなふうに思った。
 イスラム原理主義者の過激グループに告ぐ! わが国を攻撃しようとするならいつでも僕が受けて立つゾ!。?。
平成13年9月13日
 とんでもないことが起きた。アメリカの世界貿易センターに旅客機が突入するなどした米国中枢同時テロである。時間の経過につれてその被害の規模や犠牲者の数が膨らんでいる。なんという大惨事なのだろう。言葉を失ってしまう。
 現代社会に対する卑劣な奇襲攻撃であり、宣戦布告なき戦争だとも言えよう。世界は今こそ一致して自由と民主主義、そして平和を守るために断固として立ちあがらなければならない。いまだ真相は不明だが、報道されているとおりの背景だとするならジハード(聖戦)だと叫ぶイスラム原理主義者に対して鉄槌を下さなければなるまい。アメリカ国民が結束して反撃に出るなら、僕は断固としてそれを支持する。思えばサミュエル・ハンチントンが「文明の衝突」の中で論破したとおりのことが起きているのである。アフガン戦争以来今回の事件まで、その底流にあるものはイスラム文明と西欧文明との衝突なのである。文明間の戦争なのである。21世紀という時代がはたしてどんな時代になるのだろうか。暗い予感にとらわれてしまう。
 せめて犠牲になった方の冥福を祈ろう。
平成13年9月1日
 今年も9月1日、「おわら風の盆」の日がやってきた。例年のようにたくさんの観光客が八尾にやってくるのだろう。仄聞するところでは大物国会議員や外国の大使なども来県するらしい。結構なことではあるが、大混雑が祭りの風情を消してしまうことも深刻な問題だ。街流しが消えてしまうと言う話しさえある。踊り手の皆さんにしてみたら、自分たちのまつりだという思いも強いに違いない。賑わいが過ぎると本来の落ち着きや洗練が消えていくと言う典型的な例である。ムズカシイ。
 かく言う僕も、東京にいる弟に頼まれて1日、2日の両日のホテルを手配した。富山市内のみならず県内の主要な宿泊施設は満杯状態。とても無理だろうと思っていたがうまく取れて驚いた。以外にも8月の末になると少しずつキャンセルが出るのだそうだ。いずれにしても僕もしっかりと混雑作りに加担したことになる。八尾の皆さん、ゴメンナサイ。‥‥‥せめて雨がなければ良いのだが。