平成23年8月18日
 早朝、妻が逝った。僕の59才の誕生日に微笑を交わし、祖父の33回忌を見届けると急ぎ足で逝ってしまった。ちょうど1年まえに病み、今日までの長い闘病であった。辛さや苦しさを自らの内に閉じ込めて黙って逝ってしまった。立派な、天晴れな闘病だったと思う。いや、生き様だったと思う。彼女への思いや彼女との時間を考えるが……言葉にできない…。ただ、静かに悼むしかない。ともに生きた日々を思えば言葉につまる。大切な人の黄泉への道のりを静かに祈るしかない。
 彼女の人生を支えていただいた数え切れない人に心からの感謝を。そして合掌。合掌。

平成23年8月16日
 今朝は5時頃に家を出て、かつて大変お世話になった方々のお墓に手をあわせてきた。思えば今年の1月以来のこととなる。あの時は膝まで雪に埋まりながらも、気持ちの整理をつけようと真っ暗な早朝に墓前で頭をたれていた…。おかげで何とか頑張ってこれたのだろう。
 墓前にぬかずくと不思議に故人の笑顔ばかりが去来する。破顔一笑、これ以上ないくらいの明るい笑顔が浮かんでくる。人間の記憶モードは大好きな人やお世話になった有り難い人を想うときには「笑顔」をイメージするようにできているのだろうか。皆さんの笑顔に励まされる…。
 13日の土曜日が59歳の誕生日であった。いろんな人からメールをもらい、花束などもいただいた。有り難いことだ。子供たちからラガーシャツをプレゼントしてもらい、これも嬉しかった。ただ、毎年さりげなくお祝いしてくれる一番大切な人は当日体調が思わしくなく、あまり時間を共有できなかったのが残念であった…。誕生日だからと言って、それ以外の毎日と変わらない日常なのだけれども、人はそうやって齢を重ねていくのだろう。50歳の誕生日は50歳なりの、59才の誕生日は59歳なりの、恥じない日常があればそれでいいのだろう。歳に恥じない毎日を生きる。それが出来ればそれでいいのだ。
 それが分かっていながら、当日をほとんど無為に過ごしてしまった。我が身を恥じる。
 59歳というのはいささか微妙な年齢ではあるが、なんとかいい一年にしたいと思う。